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口当たりのいい映画じゃなくて、ざらっとした舌触りの映画が観たくて、
「サッド ヴァケイション」を観てみた。 すごくよかった。 でも、ちょっと難解な映画を観るつもりだったのに、これが全然違ったんだな~ あれ?って、肩すかしをくらった感じ。 青山真治監督だからって身構えすぎたか…。 <ネタバレ注意!>です。 ほんとうのところ、自分にとっては、この映画のストーリーは二の次というか。 前半は、すこんと抜け落ちたような風通しのいい世界を描いていて心地よかったのに、後半、どんどん濃密な人間関係へと話が展開していって、最後にはどよっとした愛憎劇になってしまったような気がして、自分的にはちょっと残念な気がした。 どちらかというと、ストーリーとは直接関係の無いような何気ないシーンに、どうしようもなく惹かれてしまって、それでこの映画の虜になったといえる。 それから、青山監督が生まれ育った北九州の風景をフィルムに焼きつけた「絵」がまたよくて、ぐいぐいとこの映画に惹きつけられてしまった。 役者たちもよかった。スパークのように個々の輝きをみせる瞬間があって、めちゃくちゃ魅了されてしまった。(役者についての感想は、また長くなりそうなので、「サッド ヴァケイション 役者たちについて」という別の記事にして書こうと思います) ●ストーリーについての感想はまあ簡単に。 石田えり演じるところの間宮千代子の母性に畏怖すら感じるとか、いやあれは母親というより、一人のモンスターだとか書かれているのをネットで目にしましたが。 千代子は、何があっても微動だにしないというか、揺るぎない自信ですべてを肯定して微笑む様には、ほんと凄まじさすら感じさせました。 でも、ぶっちゃけ、凄まじいくらいの自己チューってことですよね? 千代子のセリフ。 「男のひとは好きにしたらええんよ、ほんと。 こっちは痛くもかゆくもない」 好きにしてるのは、千代子、あんたでしょうーがw 中村嘉葎雄演じる間宮のセリフ。 「健次は、恐ろしかったとやないか、なんでん許してしまいよる。そげん底知れん懐の深さがね」 でもね、底知れない懐の深さというのは、実は、千代子ではなくて、そう言ってるあなた。 つまり、千代子の夫、間宮ではないのかな。 間宮は、間宮運送を経営して、夜逃げをしたり、犯罪に関わったり、色んな過去や事情を抱えた流れ者たちを引き受けて雇っている。行き場を失った者たちの生きる場所となるように、経営の苦しい運送会社を続けている人物。 千代子もある意味流れ者であり、間宮に引き受けられた者のひとりではないか。本当に凄いのは、中村嘉葎雄演じる間宮ではないか、という気がしてならないんですけどね。 どうでしょうか? ●どうしようもなく惹かれてしまったシーンについて。 ストーリーの根幹ではなくて、ほんの枝葉の部分なんですが、映画の前半、主人公の健次は、密航者だった父親をなくした中国人孤児アチュンを引き取って新しい生活を始めるんですね。 (ここで健次が髪を切るシーンが絵のように美しい。 傍らで道路のミラーを抱えるアチュン、健次のキリストのような長い髪が逆光にきらめいて、切られた髪が羽のように舞っていく) この中国人の少年と、浅野忠信演じる健次のふたりを淡々と捉えたシーンが、自分は好きでした。 例えば、こんなシーン。 少年は、お腹をすかして寝ている健次を起こす。狭い一室の小さなガスコンロで、健次が作る野菜炒めが湯気をたてる。茶碗に盛られた白い飯も湯気をたてている。ほら食べろよ、と少年を見守る健次。 健次が仕事に出掛けて、ひとり稲荷寿司を食べる少年。目の前に置かれた矢印のメモの先にバスケットが置かれている。バスケットを開ける少年。顔を出すウサギ。 勇壮な山車の繰り出す夜祭りのシーン。健次に肩ぐるまをされる少年。初めて目にしたであろう祭りを物珍しそうに見回している。夜祭りの灯りに輝くふたりの顔。 という、ただ、それだけのシーン。それが、すごくよかった。 少年が中国人で言葉が解らないという設定なので、どのシーンもほとんど無言なのですが、それがまたいい。 こんなシーンもありました。 健次は、窓辺のベッドで寝ている。その上に乗って起こす少年。雨が降っている。窓を開けて、雨の中に手を差し出す健次。その手で少年の顔を濡らして、「あめ」「あめ」「そら」と言葉を教える健次。 「ここの場面だけでも、この映画がたまらなく好きだ!」と思ってしまったくらい、健次と中国人の少年のシーンにはじんとくるものがありました。 浅野忠信演じる健次に父性を感じたというよりは、人間が本来持っていたものを感じたというか。 ただ子供にお腹いっぱい食べさせて、ただ子供のことを気にかけてやって、ただ接してやるという、なんでもないことを健次は当たり前のこととしてやっている。 それが、素敵に思えて仕方ありませんでした。 こんな幸せは、いつか泡のように消えてしまうのだろうと思いながら観てましたけど。 中国人の少年アチュンと辻香緒里演じる知的障害のユリは、健次に連れられて間宮運送にやってくるのですが、そこでユリがシャボン玉を吹くシーンもいいんですよ。 間宮運送に働く人々が、ふうっと目の前をよぎるシャボン玉に心を奪われる瞬間。 食堂のまかないの女性(すみません、役者さんの名前が解らない)がつぶやく。 「あ~、シャボン玉、めずらしい。 わたしも、シャボン玉みたいに飛んでいかんかね」 平穏な午後のひととき。この後、アチュンは中国人マフィアにさらわれて消えるようにいなくなってしまい、ユリは間宮と千代子の息子、勇介にレイプされてしまうんだけど、その残酷なまでの現実を際立てるためにあるかのような、平和で夢のような時間だった。 ●全編北九州ロケにこだわって撮られた「絵」について。 映画らしい映画を観た、そんな充足感を味わえたのは、この「絵」によるものが極めて大きかったと思う。 まず、舞台となる間宮運送のある街並と、そこに迫る赤い橋のを切り取った風景。 これは、何度もインサートされる「絵」なんだけど、とても印象的だった。 間宮運送は、北九州市にある若戸大橋のたもとにある。 この赤い橋が小さな家々に覆いかぶさるように、通りの向こうに見える空の低い場所を横切っているんだよね。 …なんて説明したらいいのかな。 今は移転してしまったけど、以前の香港の空港は市街地にめちゃくちゃ近いところにあったから、ビルとビルの間から離陸するジャンボジェットの胴体が見えたりすると、かなりぎょっとさせられた。 そんな感じに、街並みの間に見える赤い橋が異様なくらい大きく見えて、ぎょっとさせられるんだけど。 街のすべてを見ているかのような、 橋の圧倒的な存在感と圧迫感と、その赤い色。 こんなに言葉を尽くして説明してもね。やっぱりこれはその絵を実際に観てくださいというしかないですね。 そんな赤い橋とは対照的に、粒子の粗い白々とした画面で、虚無感の漂うような「絵」が撮られていたんだけど、これを何度でも観たいと思ったし、画面に向かって「かっこいいなあ」とつぶやきたくなるような絵だった。 例えば、冒頭の港の殺伐とした倉庫郡。画面の奥まで延々と続く倉庫のショット。 それから、健次とオダギリジョー演じる後藤が立ち寄ったカルスト台地のパノラマ。 日本でも有数のカルスト台地とされる平尾台で撮影されていて、緑の中から白い石灰岩が羊の群れのように顔を出す風景が、どこまでも荒涼として、現実にはない場所のようにも感じられて、これまたずっと観ていたいような「絵」だった。 ●北九州サーガについて。 「サッド ヴァケイション」は、「ユリイカ」「Helpless」に続く北九州サーガの三部作を締めくくる話とされているそうで、 「Helpless」を観てない(観てみようと思うのだが、レンタル屋でいったんは手に取ってもまた棚に戻してしまって、なかなか観るふんぎりがつかないw)自分はどうかなと思ってたけど、全く問題なく観れた。 独立したひとつの物語だし、Helplessの健次とユリの続編に、ユリイカの梢が加わっただけ、といってしまったら乱暴か。 たぶん、三作に共通するのは、北九州の風景とそこに漂う空気と、そこにうごめく人間たちがいること、という気がするけどね。 …と、こんなだらだらと書いた文章に、もしここまで付き合ってくださった方がいらしたら、御礼を申しあげなければいけないくらい長くなってしまいました。さらに、「サッド ヴァケイション 役者たちについて」もとりとめなく長々と書いてしまいそうですが、 よかったらそちらの記事にもお付き合いください。 →「サッド ヴァケイション 役者たちについて +新作情報」 「サッド ヴァケイション」公式HP ウィキペディア「サッド ヴァケイション」 my評価(星五つで満点):★★★★☆
by do-little
| 2008-05-01 05:41
| ■サッド ヴァケイション
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